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仙台高等裁判所 昭和62年(ラ)3号 決定

抗告人 河野秀子

不在者 河野浜雄

主文

原審判を取消す。

本件を盛岡家庭裁判所一関支部に差戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由(抗告の実状)は別紙即時抗告の申立書記載のとおりである。〈抗告の趣旨 省略〉

二  よつて判断するに、本件記録によると、別紙即時抗告の申立書添付の「申立の実情」〈省略〉記載の事実及び昭和60年4月24日現在の大船渡市における瞬間最大風速は22メートル以上を記録し、かつ当日同地方に強風・波浪注意報が発せられた事実が認められる。

右認定事実によると、不在者は死亡の原因となるべき危難にあたる漁港の岸壁における強風ないしは波浪に遭遇したものというべく、右危難の去つた後1年以上生死不明の状態にあるというべきである(なお、右認定事実によると、不在者は岸壁に近付いた際強風のため海中に転落したか、あるいは岸壁から同所に繋留している同人所有のいか釣り船に乗り移ろうとした際波浪による右船の上下のゆれ等のため海中に転落したことの可能性が考えられる。)。

三  そうだとすれば、抗告人の本件申立は理由があり、家事審判規則に基づき公示催告手続を経たうえ失踪宣告をなすべきである。

四  よつて抗告人の本件申立を却下した原審判は相当ではないからこれを取消し、原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 伊藤和男 裁判官 岩井康倶 西村則夫)

即時抗告の申立書

抗告の実状

1 抗告人は、別紙申立の実状記載のとおりの事情により、不在者に対し、失踪宣告を為されたく申し立てたものである。

2 これに対し、原裁判所は、「民法30条2項に定める『死亡の原因たる危難』とは、地震、火災、洪水、津波、火山の噴火工場等の爆発事故などのように、それに遭遇すると人が死亡する蓋然性が特に高い事変をいう……」との解釈に基づいて、本件の事情は、その類型的危難に該たらないとし、申立を却下した。

3 しかしながら、危難に当たるか否かは、一律、類型的に決定されるべきでなく、その事変の具体的内容、その事変の前後の情況、失踪者の具体的事情、その他を総合的に検討して行われるべきである。

原審判は、不当であると言わざるを得ない。

4 よって、抗告の趣旨のとおりの裁判を求め、本申立を行う。

参照 原審(盛岡家一関支 昭61(家)323号 昭62.1.9審判)

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は、「不在者河野浜雄を失踪者とする。」旨の審判を求め、その実情として別紙記載のとおり述べた。

申立人提出の各資料並びに当裁判所の申立人に対する審問の結果によれば、別紙「申立の実情」中1の事実はこれを認めることができる。

しかしながら、民法30条2項に定める「死亡の原因たるべき危難」とは、地震、火災、洪水、津波、火山の噴火、工場等の爆発事故などのように、それに遭遇すると人が死亡する蓋然性が特に高い事変をいうと解すべきものであるところ、本件においては、上記認定事実の外上記資料から窺われるその他の事情を全て精査しても、不在者は強風下(当日の最大瞬間風速は秒速22メートル)で漁港岸壁から海中に転落した可能性があるというにすぎないものであり、その程度では不在者が民法の規定する「危難」に遭遇したとは認めることができない(上記の程度の強風は「危難」には当らない)。そうとすれば、不在者が失踪して以来2年足らずの期間しか経過していないことが明らかな本件においては、公示催告の手続を経るまでもなく、失踪宣告の要件を欠くので、本件申立を却下することとする。

申立の実情

1 申立人は不在者の妻である。

不在者は、昭和60年4月24日午後9時30分頃、大船渡市○○○町字○○の漁港に、出港準備の為繋留していた不在者所有のいか釣り船第1○丸(99トン)が、折からの強風で危険な状況にないかを点検する為、住所地の自宅を出た。

不在者は、風が出ると船の繋留状況を点検しに行くのが常であつたが、通常は、1時間程度で帰宅していた。

ところが、この日は午後11時になつても帰宅しないので、申立人は岸壁まで見に行つた。周囲を探したところ、不在者の乗つて出た車が、後部トランクを開けたまま停車していたものの、不在者の姿は何処にも見当たらなかつた。

そこで、夜が明けるのを待つて、直ぐに不在者の弟である河野健一郎に援助を求めた。

同月25日、26日の両日は、地元消防団、海上保安部等の他、2名のダイバーを依頼して、大掛かりな捜索を行つたが、不在者を発見することができなかつた。

港内の海底は2メートルもヘドロが堆積しており、その中まで捜索することは不可能だつたからである。

2 不在者は、人間関係も円満であり、事業も特に最近上向いていたところでもあり、家出の可能性は全く無い。

3 既に1年半を経過する現在まで、不在者は生死不明であるが、不在者の事業を申立人は継続して行くことはできない為、その清算をしなければならない。他方では、不在者の生死が不明である為、申立人は厚生年金の給付も受けられない状況である。

4 よつて、本申立を行う次第である。

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